「趣味としての遊びですから」
20年前。
1992年5月31日、北斗旗空手道選手権(現在の空道全日本選手権)軽量級で優勝したとき、雑誌の記者に「今後の目標は?」と訊かれたとき、そう答えた。
この言葉が実際に活字になって、ちょっと怒られた。
「みんなが必死の稽古を積んで、優勝を目指し、そして敗れていったのに、優勝者が“遊び”とは、失礼じゃないか?」と。
その頃、主将は22歳。ニヒルだとか、デカダンスだとかがかっこいいと思う年頃だ。
格闘家がプロ選手になりはじめた時代。「ファイトマネーで食っていくんじゃなくて、何か別の技能で収入を得る生活を送りながら、可能な範囲で稽古を積んでいきたい。その方が、勝ち負けのみに執着せず、楽しみながら続けられるはず。それでこそ武道だと思う」というような気持ちを、ちょっと斜に構えた雰囲気で表現したかったんだと思う。
あるいは、そんなに頑張らなくてもセンスのおかげで勝てている……そんな風にみせたかったのかもしれない。ホントは、いつも汗やら鼻水やらグチャグチャの顔で声を張り上げて拳をブン回してたくせにね(笑)。
努力している姿を素直にみせられる人こそ強いのだと感じる今となっては、あの頃のカッコつけかたは幼いな、とも感じる。ただ、根っこの部分で考えていることは変わんないんだなとも、思う。
10年ほど前。アマチュア修斗の全日本選手権で優勝した後、プロ申請をしなかった。アマチュアで全日本を制して、プロにならない者など、ほとんどいなかったから、驚かれた。しかし、主将自身にとっては「何か別の技能で収入を得る生活を送りながら稽古を楽しみ続けたい」という考えに従っただけのことだった。
武道を遊びでやっている。
遊びだからこそ、必死に稽古する。
必死に稽古することを、楽しんでいる。
これからも、ずっと楽しんでいこう。
根っこの部分で変わらず考えているのは、このことだ。