ヒザと股関節を深めに曲げ、上半身が前傾する構え。クラウチングだとか、ボクシングスタイルだとかと呼ばれる姿勢。
ヒザと股関節が解放気味で、上半身がさほど前傾しない構え。アップライトだとか、俗にムエタイスタイルだとか呼ばれる姿勢。
どっちがいいのか?
よく、そんなことを訊かれるが、もちろん、明確な答えなどあるまい。
ただ「その競技において、どんな技術が認められ、どんな技術が反則か?」ということよりも、むしろ「その競技が、どれくらいの競技時間で、どれくらいの広さで行われるか?」が競技中の姿勢(構え)に大きく影響を及ぼすことは、確かだと思う。
人が俊敏に移動するためには、ヒザと股関節を深めに曲げた、いわゆるアスレチック・ポジションをスタート体勢とする。ヒザや股関節を屈曲させた状態から爆発的に進展させてこそ、位置移動のためのパワーが生まれるからだ。♯1
野球でピッチャーがボールを投げた後、ヒッティングに備え、内・外野手がみせる姿勢。テニスやバレーボールやバドミントンで相手のサーブを待つときの姿勢。バスケットボールでフリースローのこぼれ球を待つ姿勢。みな、アスレチック・ポジションである。♯2
一方で、このアスレチック・ポジションには「ずっとその姿勢でいると疲れる」という弱点がある。従って、野球でいえば、ピッチャーが投球動作に入るまでは、外野手は棒立ちに近い姿勢でいる。数秒の無酸素運動で終わる競技(たとえばスプリント走)であれば、ヒザや股関節を深く曲げた体勢を伴うのに対し、長時間行う代わり急激な移動はしない競技(たとえばマラソン)においては、スタート姿勢から競技終了に至るまで棒立ちに近い体勢を維持することになるのは当然だ。
こういったスポーツ動作の原則に格闘競技を照らし合わせてみると「競技時間が短くて、かつ広い競技場を動き回ることが求められる」競技ではアスレチック・ポジションに近い構えが、「競技時間が長く、かつ急激な移動や方向転換が少ない」競技ではリラックスした構えが、マジョリティーを占めるのが自然ということになるので……
……と論理が導き出せる。
もちろん競技で認められる技術(組み技競技か、打撃競技か、タックルありか、ヒザ蹴りありか、裸体か道着着用か…)によっても、取るべき姿勢・構えは変わってくるが、アマチュア競技として行われる空道やグローブ空手競技はA、ムエタイはB、UFC はC に該当することとなる。
実際、新空手などのグローブ空手競技をみていると、ムエタイ(キックボク
シング)と同様の技術を用いるにもかかわらず、ベタ足でプレスを掛ける選手より、ステップイン&アウトを使う選手の比率が高い。ムエタイ至上主義的に考えると「アマチュアで技術が低いから、首相撲がないから、こうなのだ」と片付けてしまいがちだが、技術でなく、時間と空間の差異が、この試合運びの違いをもたらしているのではないか?
そう考えると、空道においても、試合時間が短いにもかかわらず、体力の消費を抑えたスタイルで闘い、体力を余らせたまま試合を終えるのは、もったいないということだ。主流派となるべきは、3 分(長くても6 分)で体力を使い切る(ミドルパワーの領域でオールアウトする)スタイルで、すなわちそれは、パワーポジション=クラウチング構えで激しくステップイン&アウトを繰り返す試合運びだ。実際、ロシアの選手はそういうリズムの組み立てで、3~6分で体力を使い切っている。♯3
このスタイルを身につけるならば、必然的にミドルキックを主軸に磨くことになるキックミットでのコーチングを重視するよりも、パンチ用のミットを用い、ステップワークに重きを置く、アメリカでいうところのパッド・トレーニングや、ロー&ハイキックを交えたサンドバッグ打ちに時間を割くようにしていくべきかと感じる。♯4、5
♯1…腰を落とした構えの方が強いパンチやキックを出せるようなイメージもあるが、ここで、述べる「股関節やヒザを屈曲させておく姿勢」の意義は、あくまでその姿勢が「もっとも移動のためのアジリティーを発揮できる」ことにある。パンチやキックの強さは、身体の水平面での回転系の動きによって生まれる要素が強く、位置移動の俊敏さがそのまま活かされるかは、定かではあるまい。
♯2…動く方向が定まっている場合は、進行方向前方にある足(前足)に多めに体重を掛け、後ろ足のかかとは浮かした状態で待機することになるだろう。「かけっこ」における「用意!」時の姿勢がそれだ。ボクシングにおいて、前足はベタ足で、後ろ足はかかとを浮かせることが多いのも、前方への踏み込みのスピードに重点を置いているからだろう。
♯3…逆説的に考えれば、日本人選手をロシア人選手に勝たせるためには、世界選手権の準決勝以降は本戦5 分間、決勝は本戦10 分間とか、試合時間時間を長くしてしまうのもテかも? 柔道の国際大会をみていても、とにかくロシアの選手は短時間の勝負に強く、長丁場に弱い。試合時間を長くすれば、体力をあまり消費せずテクニカルに闘う日本人選手に有利に傾くに違いない。もっとも試合時間を長くすることは「現実の闘い」から遠のき「観客のための闘い」に近づくことでもあり、「自分たちに有利になるようにルールを変える」こと自体に負い目を感じるので、アレだね…。
♯4…話はすこし逸れるが、北京五輪中に五輪会場で開催された散打競技のウォームアップ会場では、優勝候補の選手は、パンチ用のミットに、パンチのみならず、上段・中段の回し蹴り・横蹴り・後ろ回し蹴りを的確にヒットさせては、すぐに引き戻していた。ムエタイの押し込む蹴りとはまったく異なるスナッピーな蹴り方であり「蹴り足を捕まれてテイクダウンされたら負け」というルールに沿った練習体系が構築されているものと、感心したものだ)。
♯5…クラウチングでフットワークを取るといっても、ボクシングのようにヒザを内側にしぼった(ニーイン・トーアウトの)構えは、ローキックやタックルのある競技には適しているとは思えない。足先~ヒザのアライメント自体は、ムエタイやレスリングにおいてそうであるように、ヒザを内側にしぼらないことを基本とすべきかと思う。