バーベル等で重い負荷を掛けて行う筋力トレーニング=いわゆるウェイトトレーニング(ストレングス・トレーニング)。空道を嗜むうえで、取り組むべきものか?
「必須」という人がいる。
「必要ない」という人もいる。
どっちも、不正解なんじゃないかな。
正解は「必ずしもウェイトトレーニングに取り組まなくとも、競技に必要な筋力を養うことは可能だが、多くの人たちにとってはウェイトトレーニングを積む方が近道。一方で、ある種の経験・特性をもった人たちは取り組む必要がない」だと思う。
まず、必要ないのは、筋肉がエキセントリック収縮する局面の多いスポーツ競技から転向してきた者だ。グレコローマンスタイルのレスリングやラグビーのフォワードの経験者はまずそうだし、柔道やフリースタイル・レスリング、ムエタイにおけるムエカオのタイプの選手も、そういった局面を十分な量、経験しているケースが多い。結果として、これらの者は、特に上半身においては、筋肥大が著しい。
また、先天的に速筋線維の比率の高い体質ゆえに、筋肉がエキセントリック収縮する局面の多くない一般的なスポーツ(球技など)の経験しかないにもかかわらず、筋肉量が十分な量に達している者もいる。人種でいえば、黒人には、このタイプは多いだろう。
これらの経験・特性をもった人たちは、ウェイトトレーニングに取り組む必要がない。むろん、これらの者も、ウェイトトレーニングを積めば、さらに筋力を向上させることは可能ではあろうが、プライオリティーで考えれば、より“のびしろ”の多い領域であるスキルの習得に専念することが優先される※1。
では、筋トレを積んだ方がよいのは、どんな人たちか?
先天的に速筋線維の比率の高くない体質であるうえに、筋肉がエキセントリック収縮する局面のさほど多くないスポーツ(球技やWKF スタイルの空手など)や長距離走などに取り組んできた者……結果として、痩せた体型で空道の入り口に立った者。
彼らだって、スキル練習やスパーリングで“空道の動き”をするなかで、自然と“空道に必要な筋力”を高めることは出来る。また、道場内で行う“補強”(自体重を負荷とした高REP のトレーニング)でも、筋力がまったく増さないわけではないだろう。
だが、それらのメニューより高い負荷を、特にエキセントリック局面で掛けうるウェイトトレーニングに取り組んで、筋肥大・筋力アップという面にのみアイソレートし、十分な筋肉量を得てからならともかく、その土台なくして、薄っぺらい身体のままで、スキル練習&スパー&補強を通して筋力をアップさせようというのは、かなり遠回りだ。
より複合的なフィジカルトレーニング(プライオメトリック系や、いわゆるファンクショナルトレーニングなど)に取り組んだり、スパー自体でフィジカルをも高めようとしたりするのは、あくまでシンプル・クラシックなウェイトトレーニングを積んだ後にすべきだ。現実をみれば、ハードゲイナー※2に限ってウェイトトレーニングを避けていたり、他競技のキャリアによりすでに身体の出来上がっている者に限って(スキルトレーニングの時間を浸食するほど)ウェイトトレーニングに時間を割いていたりする※3。
本当は、自分に欠けている部分こそ重点的に強化せねばならないのに、恥をかくことが嫌なのか? ぜひとも“得意な分野=のびしろの少ない部分”でなく“苦手な分野=のびしろの多い部分”にこそ取り組んで、どんどん恥をかくべし!
なお、この項でいうシンプル・クラシックなウェイトトレーニングとは、ビッグスリー(フリーウェイトでのスクワット・デッドリフト・ベンチプレス)を意味する。スクワット&デッドリフトは股関節伸展の能力・パワーを高める、二本足で立って移動して行うスポーツ全般に必須のフィジカルトレーニングであり、これらは、重いバーベルを担いで行うものなので、必然的に体幹の各筋肉も緊張させることとなり、体幹のスタビライズ能力も高められる。これらに加えて、上肢プレス系種目としてベンチプレスを行えば、ほぼ全身の筋肉を鍛えることが出来る。ビッグスリーさえ行っていれば、股関節・肩関節まわりの大筋群を駆使するゆえに筋量が増えやすく、一方で、それぞれが肘関節・膝関節・手関節・足関節まわりの小さな筋肉まで使う多関節運動ゆえ、個々の単関節運動を行う必要もなくなる※4。
具体的には、スクワット(ハーフスクワット)とデッドリフト(バーがヒザ頭程度の高さにある状態からの引き上げ)では体重の2.5 倍の重量×4REP、ベンチプレスでは体重の1.5 倍の重量×4REP くらいは、戦闘スタイルにかかわらず、ストリクトなフォームで挙上できるようにしておくべきかと思う(+260 級にかんしては、もう少し軽い負荷でよいだろう)。
ウェイトトレ不要派の「ベンチプレスで○△㌔上がるようになったからといって、比例して、実際の競技において相手をプレスする能力が上がるわけではない。あくまで、ベンチプレス固有のシチュエーションへの適応・馴化によって記録の伸びた面が大きいのだから」という主張は、確かに正論である。現実、ウェイトトレをやり込んでベンチプレスで120 ㌔挙上する人が、組み技格闘技にチャレンジしたら(技術でなく)力でまったく敵わず、その相手が「こないだ初めてベンチプレスにチャレンジしてみたら60 ㌔しか挙上できませんでした」と言うようなケースも、よくある。
ただ、これをもって「ウェイトトレで得る力は役に立たない」と判断するのは早計。逆に「ウェイトトレで重いものを上げれば、実戦でも力を発揮できる」と考えるのも浅薄だ。「ウェイトトレのスコアと競技で発揮できる力は比例しない。だからといって、まったく関係がないわけでなく、まずはウェイトトレで筋力という土台をつくって、それを必要な環境において活かせるよう、複合的なトレーニングを行うのが、もっとも合理的」と考えるべし。
ちなみに、ビッグスリーの次に優先的に取り入れるべきエクササイズは、パワー系、クイックリフト、全身の連動種目(クローズド・キネティックチェーン・エクササイズ)…の代表格といえるパワークリーンだろう。体重+20 ㌔の重量×4REP くらいは挙上できるようにしておきたい※5。ビッグスリー+クリーンを十分な量こなすことなく、より複合的な筋トレ(心肺機能トレや筋持久トレと組み合わせたもの、バランスボールやBOSSやスリングを用いてバランスを保ちながら行うもの…など)に取り組むのは、避けるべし。
※1前提として、この項では“空道において”という観点でウェイトトレに取り組むべきか否かを考察している。一般的な打撃格闘技は、体重別で行われるものなので、筋トレを一切せずに、スキル練習&スパーのみを行い、その結果、出来上がった体格にて脂肪を落として、可能なかぎり軽量の階級に滑り込むことが得策という考え方もあろう。しかし、体重だけでなく身長をも加味して階級を分類する空道においては、多少体重が増えようとも筋力を高めておくことが肝要と思える。むろん、武道として、無差別志向で空道を捉えるならば、なおさら、筋力を高めておくことは必要だ。
※2ハードゲイナーとは、筋トレをしても、なかなか筋量(≒体重)の増えない体質の人…やせっぽちのこと。先日、水道橋支部のMさんと談笑中「今はそうは見えないかもしれませんが、実は、自分も元々はハードゲイナーだったんですよ」と言ったら、ギョッとした顔をされた。……ハードゲイとハードゲイナーの違いから説明するのは、とても面倒くさかった(笑)。
※3フィジカルトレーニングを行った結果、スキルトレーニングに掛ける時間や集中力が10 ㌫でも削がれたとしたら、もはや本末転倒だと思う。あくまでスキルトレーニングにプラスできることを前提に、フィジカルトレーニングは存在すべきだと思う(むろん、シーズンオフなどに、スキルトレーニングは一切行わず、フィジカルに徹する期間があるのはよいとは思うが)。
※4 立ち技格闘技を含め、二本足で立って、地面を蹴って体幹の回転を起こし、手や足を振り出す運動競技においては、床を蹴って床から得られる反力を起点に、動きを連動させる多関節運動(スクワットやクリーンなど)が競技に直結するウェイトトレーニングであり、四肢末端の単関節エクササイズは「時間が許す場合のみ取り組むべき種目」である。ただし、格闘技の寝技の状況においては、足が床を蹴る力を起点とする身体の連動でなく、足を宙に浮かしているがゆえの肘・膝の単関節運動が多くの場面で重要な動作となるので、意外に肘・膝の単関節エクササイズ(オープン・キネティックチェーン・エクササイズ)で養った筋力が活きる。寝技は「力に頼らない世界」であるとともに「全身を連動させるのがヘタだけど、個々の筋肉を鍛えている人(ウェイトリフティングは出来ないけど、ボディビル的な鍛え方をしている人)の力が活かされる世界」なのだ。従って、空道においても、肘・膝・足関節・手関節の単関節エクササイズに取り組むことは、それなりに意味をもつ。
※5パワークリーンの目的は、あくまで、身体を伸展させる爆発的なパワーの養成である。問題は、多くの施設において「バーベルを床に落とすことは禁止」ゆえに、挙上したバーベルをスタートポジションに戻す際、一旦、腰のラインで保持し、そこからプレートが着地するまでゆっくりとバーを下ろさねばならぬこと。この“戻し”の過程において、本来のターゲットでない僧帽筋がエキセントリックな収縮を強いられ、発達しがち(発達するだけならよいが、要はその過程として、トレーニング翌日・翌々日に遅発性筋肉痛を引き起こすということだ)。バーを落とせるプラットフォームが、もっと一般化するとよいのだが…。