「毎日走ったりしてるんでしょ?」
ピリオダイゼーション(♯30)について書いてて思い出した。
学生の頃、クラスの子に格闘技やってるって言ったら、訊かれてさ。
「あ~、いや、試合前だけかな」
「えっ? でも何キロも走るんでしょ?」
「う~ん、2~3キロかなぁ」
「・・・・・」
てな、会話に。
明らかに「コイツ、真面目にやってんのかよ?」的な視線を浴びたけど、ホントにそうだったからしょうがねぇよな。
一般的には、格闘技の選手っていうと、毎朝10㌔くらいは走っているイメージがあるんだよな。実際、タイのジムとかだと、それが基本のようだし、日本のボクシングやレスリングの名門チームでも、そういう方針のところは多いしな※1。「試合前だけ2~3キロ」じゃ、やる気が薄いように思われても仕方ないよな。
でも、主将は、♯30の※1で書いたとおり、1試合が3~6分で終わり、体重制でもない競技内容からして、有酸素運動領域でのスタミナをつける必要も、体脂肪率を削る必要もないと考えていたからね。通常は筋力~パワーのトレーニング重視で、試合前だけ乳酸蓄積領域でのスタミナをUPさせるトレーニングに比重を傾けていた。スキル練習自体が有酸素運動のペースで長時間行われることもあって、長距離のジョギングを恒常的に行う必要があるとは捉えていなかったんだよね※2。
で、その"試合前だけ行う乳酸蓄積領域でのスタミナをUPさせるラン・トレーニングのメニュー"といえば、ショートダッシュ※3から200メートル走、800メートル走、長くて1500メートル走くらいまでだから、一日数セット走っても※4、走った距離といえば、合計で2~3キロ程度にしかならない。 だから「試合前だけ2~3キロかなぁ」になるわけで「一生懸命やってますけど、何か?」って顔をしてたと思う。一緒にやったことある人なら分かると思うけど、中距離走を集中力をもって、妥協なくこなすのは、十分、難儀なことだもん。
※1このことから、よく「タイのムエタイ選手は毎朝、長距離のジョグを行っていて、ダッシュなんかしない。そのやり方で、外国人より強いまま。だからそれが正しいんじゃね?」という論理が持ち出されるが、ある練習法を採用している集団がよき競技成績を残しているからといって、必ずしも、そのことが練習法の合理性の証明には直結しまい。たとえば、練習法Aを採っている集団の人口が10万人で、練習法Bを採っている集団の人口が5000人だった場合、Bの方が合理的だろうと、Aを採用している集団の方が、好成績を残す選手が生むのは当然。タイ人の子どもがタイヤの上で跳ねてフットワークを鍛えるからといって、必ずしも、それがベストのフットワーク養成法かどうかは分からないし、相撲部屋で伝統的に行われているテッポウや股割やかわいがり以上に力士を強くする稽古法が存在しても不思議はない。
※2むろん、肥満の者などは、ジョギングやマット運動などを重んじ"競技で強くある以前に、自分の身体を自由に操れる"ようにしておくことが前提。要は健康第一ということだ。肥満でない者も、オフシーズンにはたまに長距離を走ってみると、身体に新鮮な刺激もあり、左右の足への体重の掛け方のバラつきに気づかされたりもする。ジョグがまったく無意味というわけではない。(以下、2020年7月追記)中・長距離走の名コーチであったアーサー・リディア―ドの指導書を読むと「中距離走の記録(乳酸蓄積領域での運動能力)を高めるためにも、長距離を日々、ランニングして基礎体力をつけることは意義深い」と理論づけられている。なお、同氏の論では「水泳や自転車競技でなく、陸上で地を蹴っての移動を行う競技に取り組んでいるかぎり、そのトレーニングは、地を蹴って走ることによって、地からプライオメトリックな反力を足腰(ハムストリングや各殿筋など)に受けるかたちで行うことが意義深い」としていると解釈しているが、これにあてはめて考えれば、格闘技が地上で行うものであるかぎり、格闘家が乳酸蓄積領域の運動能力向上を目的としたトレーニングを行う場合、足腰に障害を抱えていて、代替運動として水泳や自転車漕ぎに取り組む必要がある場合を除き、ランニングがもっとも適しているということになろう。
※3ショートダッシュで目的とするのも、あくまで、地面を爆発的に蹴るパワーの育成だったり、ハイパワー領域での持久力のUPだったりするわけで、走りのフォームを磨いてピッチ&ストライドをUPしてトップスピードを向上させることではない。格闘技に必要なのは、視覚情報に反応して動作を始める速さや、動作の切り返しの速さ(+そのためのバランスの維持)、動き始めて1~2歩目の鋭さ。いわゆるSAQでいえば、A(アジリティー)、Q(クイックネス)のトレーニングは必要だが、S(スピード)のトレーニングはあまり重視する必要はない。格闘技における位置移動の方法がラケットスポーツにおける"シャッセ"の足運びに留まるかぎり、走動作のフォームを改善することに意味はない。
※4よく「ダッシュを一日に100本やった」というような話を聞くけど、100本も出来てしまうということは、一本一本が追い込みきれていないってことだ。高い集中力を持って、身体を使い切って走れるのは、多くても5本から10本程度かと(むろん、それ以上の本数を短いインターバルで繋いだ場合、ローパワーに近い領域でのトレーニングとして効果はあるが)。 早大の合宿で一日あたり6.5時間練習するような際でも「早朝にフィジカル45分→食事→午前中にスキル2時間30分→食事→午後にスキル2時間30分→フィジカル45分」というかんじで、フィジカルのメニューは1回あたり45分間以内くらいで組んでいる。スキル練習とフィジカルトレーニングを交互に行うのは、"飽き"を防ぎ、体力を回復させるのが目的。例えば「フィジカル強化のための合宿で、連日、6時間フィジカルトレーニングだけを行う」というチームがあったとしたら、ローパワー領域の競技でないかぎり、効率的とはいえまい。ちなみに、菅平で合宿を行った際は「宿からグラウンドまで数キロあったので、そこに向かうジョギング自体にもショートダッシュを織り交ぜた」「グラウンドに正確な距離が分かるトラックがなかったので、距離を決めてタイムを競うのでなく、コース周回10分間走での到達位置を競った」というようなことがあった。環境に応じて、やり方を変化させることも大事かと思う。また、この菅平合宿でも(通常の稽古でも)、スキル練習のメニュー組みに現役選手のリーダーの意見を大きく反映させている。すべてをトップダウンで決めるのでなく、ある程度、ボトムアップを組み込むことも、チームのモチベーションアップのために肝要だ。